堺は滑らかな手つきで黙々と作業をしている。
その姿は料理を作っているそれではなく、まるで、オーケストラを優雅に操る指揮者の様にさえ感じられた。
普段なら、このまま何の問題も無く、最終楽章まで指揮を取りフィニッシュ。
しかし、今回は堺の集中を欠く異物が。
そう、JIROUである。
『何故オーナーはあんな半端な奴をキッチンに入れたんだ!このラ・セーヌのパティシエは俺一人で充分だ!』
堺は自分の気持ちと同じぐらい充分に熱の入った窯に、わざと乱暴にパイ生地を放り込んだ。
それは、自分の顔に泥を塗ったオーナーへの抵抗の現れだった。
この道15年の堺が、昨日までボクサーだった料理経験無しの男と対決するのだ。
堺の怒りは仕方なかった。
『さて、後は焼き上がるのを待つだけ。ゆっくりお手並み拝見させて頂きますよ、JIROUさん。』
堺の視線は窯からJIROUへと移る。
『な、何をしている!?』
堺は自分の目に飛び込んできた光景をにわかには信じる事が出来なかった。
それもそのはず。
JIROUの行動は、キッチンではあるまじき異様な光景だったからだ。
『ハッ…ハッ…ハッ…』
JIROUは目の前に置かれた食材に向かって、シャドーボクシングをしていた。
並んだフルーツに。
銀色に輝く調理器具に。
一心不乱にシャドーをしていた。
息を少し乱している所を見ると、恐らく対決の直後からシャドーをやっていたと思われる。
『なんだ!アイツは一体…。』
堺は驚きの為かJIROUのシャドーから目が離せない。
オーナーは顔色一つ変えずJIROUのシャドーを見ている。
むしろ、その表情には笑みさえ伺えた。
堺が困惑する中、キッチンに拳が空を切る音だけが鳴り響いていた。
シュッ…シュッ…シュッ…
次回、第三話 〜JIROUの勝因〜
こう御期待!!


